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最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)57号 判決

上告人

甲野一郎

乙川二郎

右両名訴訟代理人弁護士

中西一宏

髙田憲一

被上告人

安岡憲二

安岡八重野

右両名訴訟代理人弁護士

井上善雄

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人中西一宏、同髙田憲一の上告理由について

普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の議決機関として、その機能を適切に果たすために合理的な必要性がある場合には、その裁量により議員を国内や海外に派遣することができるが、右裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは、議会による議員派遣の決定が違法となる場合のあることは、当裁判所の判決の示すところである(最高裁昭和五八年(行ツ)第一四九号同六三年三月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事一五三号四九一頁参照)。ところで、本件についてこれをみると、原審の適法に確定するところによれば、吉野町議会は、昭和六三年度の議員研修旅行について、研修先を東南アジアとし、研修目的を外国の行政事情につき議員が知識を深め議会の活動能力を高めるため外国における産業、経済、文化に関する行政を視察するものとしながら、旅行業者に旅行計画の立案を任せた上、右業者が前記行政目的に関係する行動計画を一切含めることなく、遊興を主たる内容とし、観光に終始する日程で旅行計画を提出したのに対し、議員総数二〇人のうち、少なくとも本件旅行に参加した一四人の議員は、右のような事情を承知の上で本件旅行の実施の決定に加わったというのであり、その他の原審認定事実をも総合してみれば、議会による本件旅行の決定には裁量権を逸脱した違法があるとし、上告人らに対し、それぞれ右旅費に相当する一五万八〇〇〇円を吉野町に返還するよう命じた原審の判断は、結論において正当なものとして是認することができる。右判断は、前記判例に抵触するものではない。論旨は、原判決を正解せず、原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信 裁判官山口繁)

上告代理人中西一宏、同髙田憲一の上告理由

原判決は最高裁判所判例に相反する判断をした違法がある。

すなわち、原判決は「吉野町議会のなした本件旅行決議はその裁量権を逸脱した違法のもの」と認定するが、最高裁判所においては、昭和五八年(行ツ)第一四九号事件として昭和六三年三月一〇日言い渡した判決において「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の議決機関として、その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し、合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することもできる」との判断を示しており、原判決は右の最高裁判所の判断に相反するものである。

以下に上告理由を詳述する。

一、〈省略〉

二、上告人らの主張

1、前項1記載事実について

(一) 地方議会の権限は極めて広範な範囲に及び議決事項だけでも乙第六号証記載のとおり多岐に渡る。この点から考え、議員の研修の必要性もまた多岐に渡る分野に及び、今日の国際化しつつある社会情勢のもとでは海外研修も必要な研修の一つであると言うべきである。

また地方議会には自治自律の権能が与えられ、地方議会に対する住民の監督是正の方途もある。このような地方議会の法的地位に鑑みれば、地方議会においては広く自律権裁量権が認められるべきであることは論を俟たない。

(二) 以上地方議会の議員において、海外研修の必要があること、その実施方法等は地方議会の裁量に委ねられるべきものであることは当然であるが、ところで、今日の地方議会の能力は、到底外国における視察場所方法等につき具体的に検討したり、関係機関と連絡調整して準備するに足るだけのものはなく、またそれ程の海外旅行経験もない。吉野町議会においても初めて実施した海外旅行であり、取り敢えず旅行業者にその企画立案及びその実施を全面的に委ねるしかなかった実情である。

日本の国際化が叫ばれてはいるが、右が今日の地方議会の実情であり、右のような過程を経ながら地方議会を含む日本社会全体が国際化への道程を歩むものである。原判決のように一足飛びに理想の形のあるべき海外旅行の姿を直ちに今日の地方議会に押し付けたのでは、国際化への第一歩はますます遠ざかってしまうであろう。

(三) そうすると、前記最高裁判決にあるとおり、地方議会は「広範な権能を有し、その裁量により議員を海外に派遣することもできる」との判断は、今日の地方議会の実情に鑑み、旅行業者に企画立案を委ねて実施することもまた地方議会の裁量権の範囲内にあるとの判断を含むと考えて然るべきである。原判決のいう様に理想に近いあり方の旅行でなければ旅行決議そのものが違法であるとの認定により地方議会の自律権・裁量権を不当に狭く解することは、地方議会の機能そのものを奪うことになり、前期最高裁判所判決の判断に相反する。

2、前項2記載事実について

(一) 吉野町の議会の委託がなかったにも拘らず、旅行業者がその裁量で買春の斡旋を旅行日程に組み込んだものであること。

(二) 限られた時間に、限られた人物が、個人的遊興として私的な行為としてなしたもので、吉野町議会の意思として実施されたものではないこと。

(三) ましてや、吉野町議会としては本件旅行決議の際にはこのようなことが行われることは到底知り得なかったこと。

等から考え、決議後一部議員が個人的に現地でなした結果により、遡って本件旅行決議そのものを違法と決めつけることはできない、といわなければならない。

以上、原審の判断は、地方議会に裁量権を認めた前記最高裁判決の判断に当然相反するものである。

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